(28)生活保護自立支援プログラムとの出会い~支援者のまなざし

いんくるがスタートした2005年に縁があって釧路市が先駆的に取り組む「自立支援プログラム」のワーキンググループのメンバーになりました。それまでも個別的な支援を通して生活保護のケースワーカーさんとやり取りする程度はありましたが、それほど密接な関係があったわけではありません。しかし、2002年にぽれっこの前身となる障害児等学童クラブを始めた際に生みの親のお母さんの相談にのり、私たちと一緒に考えてくれた当時の児童家庭課の課長さんが生活福祉事務所に異動していて、民間の支援機関からのメンバーとして私を推薦してくれたのです。その後、自立支援プログラムとの付き合いは毎年発展して続き、冬月荘、そしてまじくるへとつながりますから、この時に声をかけてもらったことはその後に大きな影響を与えたことになります。よく、役所の人たちが数年で異動することが問題だと言われ、私の経験から実際に困ったこともありますが、この時のことを思い返すと役所の異動も時にはいい面もあると思うのです。

最初は生活保護についてあまり知らないこともあり、どんなことをやるのかもイマイチピンとこなかったため気乗りしなかったのですが、勉強の機会だと思って参加することにしました。参加してみると生活保護を受けている人たちが自立をできるように応援をする仕組みをつくろうとしていることが分かってきました。それならこれまでの経験も生かせそうな感触も得ました。

しかし、何といっても私がびっくりしたのは「自立」に対するイメージや認識の違いでした。障がい者福祉の分野では行政から一方的に施される福祉から当事者が自分で考えて決めて福祉を利用するという発想の転換が図られ、実際にネットワークサロンで福祉サービスを提供する際にも利用する人への説明や権利としての福祉ということを意識してきました。そして、「自立」というのは自分のことを自分の力でできることではなく、自分の人生を自分で考え、選択、決定していくプロセスにあるのではないかという議論も当たり前になっていたのです。しかし、生活保護の関係者が語る自立は依然として「保護から抜けること=経済的な自立」が大前提であり、少しでも頑張って自分のことは自分でできるようになることが大事だという価値観がありました。また、受給者に対するまなざしもまたかなり違和感がありました。私は自分の娘の障がいがきっかけで自分が福祉を受ける立場の経験が活動の原点になっているため、すぐに「自分が受ける側だったらどう思うか?」ということを考えてしまいます。ワーキングで語られる受給者のイメージは自立できていない課題のある人、指導の対象、なんとか頑張って自立してもらわないと困るというまなざしを感じ、自分のこととして考えるとみじめでいたたまれなくなりました。

自分が誰かに応援してもらう、手助けしてもらうときに自分に向けられるまなざしというのはとても大事だと思います。それは逆に言うと誰かを支援する、ケアをするときに自分が相手に対してどんなまなざしを持っているのかが支援やケアの中身以前に問われることを意味します。自分のことをダメなやつ、課題がある人、かわいそうな人だと思う人に私だったら応援されたい、支援を受けたいとは思いません。しかし、支援を受ける立場の実情としては相手を選ぶことができない場合も多く、そうしたまなざしに耐えながらも支援を受けなくてはならないこともあります。まさに、その構図がわかりやすく生活保護という仕組みにあるのだということを私は知ったのです。自立を応援するのであればまずはその人が自分なりの自立への意欲や希望が持てるようなまなざしや姿勢をもたないといけないのではないかと伝えました。その時私が使った「エンパワーメント」という言葉を市役所の担当者は「意味もわからなかった」と振り返っています。

そんな根源的な議論から自立支援プログラムがスタートしてことに実は大きな意味があったのだと私は思っているのです。