「生活者・市民が主体となって地域課題の解決をめざす~NPO地域生活支援ネットワークサロンの実践」

NPO法人地域生活支援ネットワークサロン

 地域生活支援ネットワークサロン(以下、ネットワークサロンという)は道東の中心都市釧路において、2000年に地域生活支援を総合的にマネジメントすることを目的にして誕生した団体です。同年12月にNPO法人化し、2001年の小規模作業所運営を皮切りに、地域のニーズに即応しながら、障がいの種別、年齢、有無にかかわらず地域生活支援事業を年々、増殖。2009年12月時点で障がい福祉分野を中心に市内に約20の拠点、有給職員約120名を抱える大所帯に発展。年間予算規模は3億を超える会社になってしまいました。考えてみると、わずか8~9年で新規雇用と地域経済活動(障がい者、家族など社会的排除の人たちの社会参加機会など)を創出することになり、道内でもかなり大規模な事業型のNPOとして注目されることも多いのですが、設立のきっかけは障がい児を子育てする中で出会った地域の人たちとのつながりや思いといったほんのささいな暮らしへの問題意識が原点で、事業規模はそうした原点の積み重ねの結果でしかありません。

 ネットワークサロンの前身は1993年に発足した「マザーグースの会」という障がい児の親たちが始めた会です。1998年の「みんなのゴキゲン子育て」という子育てガイドブックの発行、もう一つは翌年の地域の人と情報のたまり場「療育サロン」を開設という二つの大きな転機によって事業体として発展しました。

私は親の会の活動を通して、次の重要な4つのことを学びました。一つは「お金があれば自分たちの可能性が広がる」。二つ目は「人とつながり、協働することで可能性が広がる」。そして三つ目は、「障がい児の親である自分たちでもできることがある、自分たちだからこそできることがある」。そして、四つ目は生きづらさを抱えているのは障がい児の親だけではなく、普通の子育ても、障がいを持つ大人の人たちなど、年齢や立場に関係なくいて、そうしたあらゆる人たちが生き生きと生活できるような地域づくりが今、必要だということです。つまり、これまでは障がい児を持つ親として社会のケアを受けてきた立場だった自分たちが資金、ネットワーク、協働を活用することでエンパワーメントされることを知り、地域づくりの担い手としての役割があることに気付いたのです。

 こうした「当事者意識」を基本として翌年の2000年に本格的な地域生活支援を推進する事業体として誕生したのが地域生活支援ネットワークサロンです。

ネットワークサロン事業増殖の様子

 ネットワークサロンは発足当初、支援事業を積極的に展開する予定はありませんでした。地域にある思いや願いが集まるように集いの場や情報発信、学習機会や関係機関との連携やコーディネートなどを行おうと障がい児の親2人の活動員で療育サロンの延長程度ではじめました。ところが、釧路には障がい児者のケアサービスが極端に少ない中で、思いが集まり、明らかになるだけでは、生活の質は向上せず、だからといって待っていても誰かが必要に応じて事業をしてくれることにもつながらず、もどかしさが募っていきました。そこで、自分たちで工夫してできることから少しずつやってみようということで、ニーズに基づいて解決のための必要なサービス提供始めたところニーズの掘り起こしにつながり、次々に事業展開することになっていきました。

 もともと、事業を行うために誕生したNPOとは違い、地域づくりを目的にしたネットワークサロンは地域ニーズの実現を後押しすることが使命となるために、一人でも必要とする人がいて、他では対応できないニーズがあるのならばそれを放置することはできません。つまりは断ることはないのです。その姿勢を追求した結果、図らずも事業を次々に展開しなくてはならない状況になりました。その背景には、これまでのように生活者のニーズをこれ以上潜在化させてはいけないという反省の思いがありました。親の会の活動から、地域生活に困難を抱えた当事者があまりにも多くのことをあきらめていることを痛感していたのです。「障がい児がいるから、母親が働けないのは仕方ない」「重い障がいがあるから、遠くの施設で暮らすのはしょうがない」本当は、地域で自分の望む生活を思い描いていたのが、希望してもそれが叶わず、施設の建設運動は何年もかかるのが普通で要望した人のニーズに応えることにはなりませんでした。そうした中では人は希望を抱くだけ辛くなり、希望を持つことを放棄します。これこそ当事者があきらめることで家庭内や個人のなかにニーズが潜在化する負の連鎖でした。

 ネットワークサロンが事業増殖した背景にはその「負の連鎖を断つ」という大きな使命があるのです。

エンパワーメント・協働のポイント① 生みの親発のサービスづくり

 ネットワークサロンの事業展開はNPOの成功例としての評価を受け「どうして、こんなに大きくできたのか?」「成功の秘訣は何か?」と聞かれることが多くあります。しかし、前述のとおり、事業拡大は組織の意志ではなく地域のニーズなのです。何一つ私たち(事業体)が主導権を握って「これをやろう」と思ったことはありません。主導権や意志は地域の中にあり、それをうまく活用して、マネジメントを行うのがネットワークサロンの役割なのです。そのマネジメントをする上で重要なのは「エンパワーメントの思想と協働の取り組み」ですが、それにはいくつかのポイントがあることがわかってきました。

一つ目が地域ケアサービスの作り方です。サービスを作るにあたっては一つの基本スタイルがあります。それが「生みの親発サービスづくり」と名付けた方法です。

大事なのは「たまり場」です。いわゆるニーズが集まる機会です。それがあれば自然に悩みや漠然とした思いやつぶやきが集まり、同時にひらめきや知恵、希望も集まります。まさに地域のニーズや解決のためのヒントのるつぼの状態になります。まだ、明確なプランがある状態ではなくプランに向けてのパーツがばらばらにある状態です。すると、ある時、具体的な困りごとを抱えた○○さんが現れる。生活上でまさに困っている当事者です。その時、その人が現れることでパーツが初めて具体的なプランとして出来上がり、そのために具体的な事業がその人のために展開されます。その時に、○○さんがこの事業の「生みの親」です。具体的な事業は必要な時にリアルタイムで実現しなくてはなりません。困りごとは待たされるとあきらめにつながり、潜在化し、あたかもニーズがなかったかのようになります。まずは生みの親の困りごとが解決できるだけの最低限の試行的な小さな取り組みでもいいのです。しかし、ほとんどの場合には一人から始まったニーズの後ろにはたくさんのニーズが控えており、制度につながっていくことが多く見られます。それを整備していくうえでは、地域の関係者との連携が不可欠となります。

こうして、多様な立場の異なる人たちがそれぞれの役割を発揮した結果としてサービスが生まれるのが生みの親発サービスづくりです。現在、ネットワークサロンが行っている事業のすべてにはそれぞれに「生みの親」がいるのです。

エンパワーメント・協働のポイント② 多様な『たまり場機能』をつくりだす

 ポイントの1のシステムを機能させる手ためには地域に『たまり場機能』をいかに創り出すかが重要になります。たまり場機能は地域の多様な人たちの共有の場や機会をつくることです。できるだけ多様な形で多様な場や機会や仕掛けが地域にあることが大切なのです。これまでの経験からたまり場づくりの方法は大きく3通りあると考えています。

 ①自分たちの活動として主体的につくる:ガイドブックづくりやサロン活動、そしてみんなで話し合う場(ワークショップ)を企画・運営する、もしくは事業所を単なるサービス提供の場にせずにいつでもニーズが集まるような運営をすることで事業運営そのものにたまり場機能を持たせることもできます。

②既存の会議体を活用する:市民協働が進められる中で自治体主催の委員会や会議など公式な集まりをうまく機能させ、既存の機会をうまく利用する方法

 ③ネットワーク組織をつくる:社会福祉法人、NPO法人、任意団体など目的が特化された課題に対しては、地域の人たちと共同経営の組織体を新たに生み出してしまう方法

エンパワーメント・協働のポイント③ 課題解決のためのマネジメント手法を持つ

 3つ目のポイントは「課題解決のためのマネジメント手法を持つこと」です。地域の課題が明らかになっても、それを実現化する具体的な手法を持たなければ意味がありません。よって事業を実際に興し、運営していくための工夫=マネジメントの技をできるだけたくさん身につけることが重要なのです。マネジメントについては従来、金、人、ものなど自分たちが保有する資源をできるだけ有効に活用し、団体の価値を高めることとされますが、私は地域づくりを理念に掲げる団体のマネジメントはそうした従来的な発想では目的を果たし得ないと考えています。

NPOとしてのマネジメントのポイントはただ一つ。目の前にある条件(資金や人など)から「できること」を考えるのではなく、「やるべきこと」に条件をどう合わせるか?という発想です。だから、条件によって「できない」という判断をするとマネジメントは不可能です。必要とする人がいて、他にやる人がいない時には、まず「やる」がありきで、それを達成するためにはあらゆる手段を駆使するしかありません。これは見本やノウハウがあるわけではなく、そのつどそのつど目の前にある課題と目の前にある資源からひねり出すだけのことで、あえてポイントになるは「絶対にできる」と思いこむことくらいしかありません。自分たちの力だけでやり遂げようとすれば困難なこともたくさんあるかもしれませんが、地域にある資源を総動員してできないことはありません。実現を阻むものは「できない」という気持ちがかなり大きいと考えています。これまでも、たくさんの事業に関して採算や制度の問題ではなく、必要性に実態を合わせる方法で事業を継続することができました。地域ニーズに基づいたマネジメントはその積み重ねがノウハウや力量形成につながるだけではなく、制度設計や政策提言にも役立つと考えています。

エンパワーメント・協働のポイント④ 市民が担い手になるモデル事業の実施

 最後のポイントはモデル的な事業を先取りして地域の人たちと実施することです。地域のニーズから発想され、地域の課題がそのことによって解決し、そこで市民が担い手になることができ、そしてやがてスタンダードモデルになるような実験事業です。これまでも様々な実験に取り組んできましたが、2009年現在においてモデル的な最先端の事業が「コミュニティハウス冬月荘」です。コミュニティハウス冬月荘は地域の多くの関係者とともに開発してモデル的に実現した万能型の地域福祉ツールです。

私はこれまで仕事上たくさんの福祉制度を活用してきましたが、ほとんどは国が一律に決めた制度であって、地域の事情によっては不都合が当然生じます。また、公金を遣うことから対象者を厳格に規定することで公平性を担保するため、対象者は高齢者福祉、障害者福祉、児童福祉など、縦割りに区切られます。私はそうした枠組みの必要性は感じつつも、画一的な制度の枠組みが実際に地域生活で困難を抱えた人たちを支える上で、時には不都合や理不尽を生じさせる現実を味わっていました。

知的障がいを持つ夫婦が仲間2人と共同生活を始めたとき、グループホームの制度を活用しようとすると、夫婦の3人の子どもたちが『知的障がいを持つ18歳以上の者』ではないので支援できないと言われたり、育てにくさを持つ幼児をまだお母さんの気持ちの整理がつかない時期に無理やり「障がい」をあてはめないとサービスが受けられなかったり、福祉制度のどの枠に該当しないために支援を受けることができなかったり、逆に制度の枠に入ってしまうがために、選択肢がなくなったり、制度の壁や矛盾を感じる場面が多くありました。制度の恩恵で事業を継続できる側面がありながらも、地域の中で一人ひとりのニーズから出発するときに制度が実現を阻むこともあるのです。その中で、いつも感じてきたことは、「もっと地域の事情や人々の生活に根ざした形の柔軟な制度ができないものなのか?」ということでした。これまでの制度は国が一律に作ってきたけれど、もっと実際の生活課題や生活実態に近い人たちがアイディアを出して、制度を作る仕組みも必要だと思っていました。

そんな中で道州制関連の会議に偶然出会い、地域の生活者が発信するプロジェクトに取り組む機会を得ました。そこで取り上げたのが「コミュニティハウス」なのです。2007年春からプロジェクトを立ち上げ、地域の関係者とともに検討を始めて2008年9月にモデル実践までこぎつけることができた。

プロジェクトによってコンセプトが確立しました。一つは「福祉のユニバーサル化」。縦割りの福祉制度の枠を超えて、ニーズに寄り添った地域ケアを迅速かつ柔軟に提供するために新しい枠組みが必要なのです。コミュニティハウスは対象者を限定せず、必要な人は誰でも活用できる地域拠点です。

もう一つは「循環型地域福祉システム」。これまで福祉制度においてはサービスの受け手と提供する側の区別が明確で、受け手はいつも一方的に助けられる状況をつくりエンパワーメントを阻害する要因になっていたことに着目しています。コミュニティハウスではそこにかかわる人たちが対等な立場である時には助ける側、ある時には助けられる側に立ちお互いの力を循環させて成り立つような運営の方法をとろうと試みています。

そのうえで、地域において求められているケア機能として「集い」「居住」「仕事づくり」の3つを備え対象者を限定せずに臨機応変な支援を行うと同時に、地域づくりの拠点として運営されています。建物は閉鎖されていた北海道電力の社員寮を法人で買い取り、2階に6部屋の居室があり、1階の大部屋でいろんな日中活動を行い、広い厨房を活用してランチ営業や給食づくりなどの仕事づくりを始めました。地域の関係者から持ち込まれる課題に基づいて、協同的な事業展開をしながら2007年度は厚労省の補助事業として実施し7ヶ月間で延べ2000人以上の利用がありました。

2008年度からは法人の自主事業として継続実施をしています。複合型の下宿として50代から10代までに多様な人たちが暮らし、厨房を活用した「親子ランチ」では地域の子育てサークルの親子たちが集い、談笑します。また、集いの活動としては2008年1月より釧路市生活福祉事務所からの委託事業をきっかけにスタートした生活保護家庭や母子家庭などの中学3年生を対象にした学習会が開催され、NHKスペシャルでも取り上げられるなど地域におけるセーフティネット機能を高める取り組みとして注目されています。建物内の清掃や厨房の作業には障がいを持つ若者などの就労の場としても活用されます。そこでは、自然に中学生が親子ランチにくる幼児と遊んで、お母さんたちに喜ばれたり、勉強会を巣立った高校生が遊びに来て、知的障がいの若者と会話を交わしたりするなど、多様な人たちが自然な出会いを生み出し、人と人とのつながりを創り出しながら、地域ニーズを解決する場として機能し始めています。

可能性いっぱい コミュニティハウス

 この新型モデルは多くの可能性があり、今後の地域づくりには必ず必要な存在になる手応えを感じています。私たちは道州制特区の提案として北海道から国に制度化を求めて2008年の10月に答申を出しました。2009年3月に閣議決定を経て正式な回答があり、今後類似事業として内閣府から例示のあった雇用対策事業の一例であるフレキシブル支援センターを推進し、啓発、検討するとの回答がありました。フレキシブル支援センターはコミュニティハウス冬月荘がモデルとなって発案されたものの、発想や理念面では反映されているとは言い難い事業ではありますが、地域の現場から制度へ発信する画期的な試みとして一石を投じる役割を果たせたと考えています。また、制度化だけではなく、こうした動きは全国的に異なる分野での実践として取り組んでいる例が多くあるとみられ、実践者もまた分野を超えたネットワークや情報発信が必要となるため、今年度、冬月荘から全国へ呼びかけて現場からの議論の盛り上がりを作ろうと実践者のネットワークづくりに取り組み始めています。

市民による地域づくりの意義

 私は自ら困難を感じる立場(障がい児の親)であることから活動が出発したことを利点にして、地域づくりに携わったことはたくさんの学びをもたらしました。これからの地域づくりを考えるときにこうした生活当事者発のまちづくり実践の意義は2点挙げられます。

 一つは、支援実践が支援の対象者を作り出す方向ではなく、担い手を育てる方向に向かっていくことの可能性です。被支援者の客体化はこれまでの公的な福祉システムの課題で、同時に市場化することで利用者(市民)を「お客様」にしてしまうリスクでもあると考えています。私たちは自らが被支援者から担い手になった経験によって、その有効性と必要性を強く感じ、同時にそのノウハウとスタイルを蓄積してきました。自立した地域づくりのためにはどんな状況にある人であっても社会の担い手として一人ひとりの力が発揮されることの意義に注目し続ける必要があります。

 そしてもう一つは、実際に使う側(生活当事者)から発想される支援ツールは無駄が少なく、役に立つという点です。支援策や制度のよしあしや有用性を一番知っているのは使っている立場の生活者です。その利点を生かすことで、地域生活者が本当に使いやすく使い心地がよく役に立つ支援の在り方を発想し、支援体制を実現することが可能になります。まずは生活があっての地域ということで考えると、生活者が知恵を出し合い、どんな人でも暮らしやすい地域にする主体となる取り組みを抜きにして、経済の活性化も語ることができないと考えます。

地域づくりは公的な政策など一部の立場の人たちで取り組むのではなく、その地域で生活するあらゆる人たちが「自分の問題」としてとらえることが重要です。さまざまな人たちが意識を共有し、違う立場の人たちと知恵を出し合いながら、実際に課題を協同的に解決する手応えを感じることでしか地域づくりはありえないと考えていると同時に、その可能性と力はどんな地域にもあると確信しています。

 

紙面の都合上、具体的な実践については多く紹介できませんでしたが、詳しく知りたい方は「日置真世のおいしい地域(まち)づくりのためのレシピ50」(発行CLC 発売筒井書房 2009年10月発行)にまとめていますので、ぜひご参照ください。

原稿を振り返って(2023年)

14年前の原稿ですが、コンパクトに必要なことがまとまっていました。特に最後の「市民による地域づくりの意義」の2点は福祉がすっかり市場となってしまった今だからこそ大切だと感じました。1点目をあえて再掲したいと思います。

支援実践が支援の対象者を作り出す方向ではなく、担い手を育てる方向に向かっていくことの可能性です。被支援者の客体化はこれまでの公的な福祉システムの課題で、同時に市場化することで利用者(市民)を「お客様」にしてしまうリスクでもあると考えています。私たちは自らが被支援者から担い手になった経験によって、その有効性と必要性を強く感じ、同時にそのノウハウとスタイルを蓄積してきました。自立した地域づくりのためにはどんな状況にある人であっても社会の担い手として一人ひとりの力が発揮されることの意義に注目し続ける必要があります。

(日置真世)