※この記事は2007年にシェルターくしろに寄稿したものです。

地域実践から見た要支援家庭の現状と支援のあり方

はじめに

私たちは、15年ほど前から活動している障がい児の親たちの集まり「マザーグースの会」が前身となり、2000年からNPO法人として、地域でさまざまな福祉的な支援事業を展開している市民団体です。

 地域で様々な活動をしていく中で、ここ数年は、地域の様々な場面で子どもの虐待に関する課題や事例にぶつかるようになってきました。それと同時に、メディアによっても連日多くの報道がされるようになり、世間の関心も高くなっているように感じます。しかし、残念ながら報道されている内容は悲惨さや残忍さが目立ち、多くの人々に虐待の現状を正しく伝える内容にはなっていません。事件となったものが報道されるのですから、仕方のないことなのかもしれませんが、虐待は「子育て」という極めて一般的で基本的な地域社会のいとなみにおける重要な課題であり、その現状は様々な社会のゆがみが反映しているといえます。ここ数年の虐待の問題は深刻化する一方で、公的な支援だけでは対処療法的な対応に追われる状況にあり、支援が追い付いていません。今後は、地域における民間支援や住民同士の相互支援体制を充実させることにより、子育て支援をベースとした予防的な対応がどこまでできるかが、体制整備のカギを握ると思っています。

 また、システムの問題だけではなく、支援の理念として「エンパワーメント」の発想が地域にどれだけ浸透できるかも重要です。日本の福祉制度の発想は戦後の「保護、救済」が始まりでしたが、社会経済が安定する中で自立や幸福追求、さらには「エンパワーメント」の概念が広がりつつあります。しかし、現場での支援にそうした理念転換ができているかというと、必ずしも広がっていかない現状も見えます。これは、一方ではシステム整備と相互作用する面もありますので、新たな支援ステム構築と理念が一体的に地域事情とニーズに沿って今後展開されることを願っています。

 そうした側面を考慮しつつ、私たちが実践している活動の様子とその現場から見た虐待等の課題を抱える要支援家庭の現状と支援の在り方についてお伝えしたいと思います。

親子に「集える場」の提供を通して

私たちの活動の中でもっとも大事にしている活動の一つに「サロン活動」があります。私たちにとっての「サロン活動」とは、気軽に集うことができ、情報と人がたまり、つながり、次の何らかのパワーが生じる場の提供のことを言います。1999年に障がい児の親はもちろん、関係者やその他誰でも気軽に集うことができる場として「療育サロン」の活動を始めたところから、その趣旨やあり方は変わることがありません。数年たって、サロン活動以外に、さまざまな支援事業が展開されるにつれて、むしろこの「サロン機能」は重要性を増しています。

子育てのサロン活動としては、1999年10月から療育サロンの活動の一環として週2回「親子サロン」を始め、学校の空き教室を活用して週4回実施、次に一軒家でほぼ毎日開設した2年間を経て、1年ほどの規模縮小期間ののち、今は喫茶店を併設した「子育てカフェ」という形になりました。サロン活動は事業としては楽ではありませんが、何とかここまで続けてきた理由はやはり必要性を確信しているからです。こうした活動は、おもちゃライブラリーを筆頭に民間団体でも取り組まれていますし、数年前には「集いの広場事業」として国の正式な事業となり、釧路市も昨年度から実施されています。改めて私たちの思いの重要性や意義を再認識し、類似事業の中でも役割分担を意識しています。

私たちのサロン活動の魅力は自分たちが「こんなところがほしかった」という思いから出発している点だと思っています。それは、まぎれもなく自分たちがずっと障がい児の親として「支援される立場」にあった経験が教訓となっています。たまたまわが子に障がいがあるということで、福祉という名のもとに保護や支援を受ける立場になってしまう違和感、いつでも指導や改善を求められる心理的な窮屈さを肌で感じ、他方で同じ親同士の交流から得られる共感や励ましや安心が力に変わることを知りました。きっと一般の子育てにも、そうした必要以上の評価を受けず、ありのままの自分を見つめつつ、子育てに向き合う元気を充電できる場が必要なのだと確信しつつ、サロン活動を続けています。こうして、私たちがあくまでも支援の対象者であるという特徴を生かしていることが、「エンパワーメント」を重視する支援の基本となっている所以です。そうした居場所が虐待に予防的な働きをすると同時に、虐待リスクの高い孤立しがちな親子にとって安心できる場として役立つと思っています。

出向く支援の重要性

釧路地域において、各種の子育てサークルや児童館の幼児クラブなど自主的な集団活動はずいぶんと前から活発です。保育園も定期的に地域に開放され、子育て支援センターも2か所となり、幼稚園は低年齢クラスを設けるなど、保育や幼児教育による支援活動も広がっています。また、教育大学と釧路市健康推進課によるタイアップの親子教室や保育専門学校独自の子育て支援なども見られ、子育てへの支援はバラエティに富んでいます。さらに、まだ量的に十分ではありませんが、最近では前述のようなフリーの集う場が複数登場し、それぞれの役割分担ができ、要支援家庭をフォローする資源も広がりつつあります。しかし、サロン活動は虐待問題にとっては予防的な存在が主になります。なぜならば、サロン活動はあくまでも親子が自主的に「来たい」と思って、自らが行動を起こさなければ支援につながらないからです。本当に行き詰まり、問題が深刻化している虐待世帯は孤立化していたり、行動する気力や自信をなくしていたり、支援を求めていなかったりと、行動するまでには至らないことが多くあります。そうした家庭を支援する上で必要なのは家庭や子育ての現場に「出向く支援」といえます。

私たちは2002年10月から2005年3月まで釧路市の児童家庭課の委託で「家庭生活支援事業」として試験的に出向く支援を実施した経験があります。この事業は家事や育児に困難を抱える世帯に出向き、必要な支援を行うものです。試験的な実施だったためにいろいろな課題もありましたが、子どもたちの成長発達のため、あるいはお母さんへの支援のために家庭に出向く支援の重要性を実感しました。また、実際に支援の現場を経験することで、最近の要支援家庭の現状の厳しさと支援の難しさも感じました。今後、地域においてはいろいろな面で出向く支援が本格的に必要とされる状況になると思われますが、地域関係者で効果的な支援方法の確立を目指すことがもっとも優先されるべき課題だと思っています。釧路では、子育て家庭に「支援」を派遣する社会資源は各種ヘルパーや支援員、青少年育成センター実施のファミリーサポーター、子育て支援のファミリーサポートセンター事業、児童相談所のメンタルフレンドなど実は既存のものでも数多くあります。今後は、機関や予算が限られるなかで、こうした地域の類似資源が連携して効果的な支援を展開できることと支援の内容について地域事情や対象者ニーズを的確にとらえたものにしていく努力が必要になるでしょう。

連れ出す支援の整備

 出向く支援と同様に今後、重要になる支援に「連れ出す支援」があります。つまり、対象者を家庭から社会資源の場に連れてくる支援です。これは釧路の地域事情が背景にあるといえます。例えば、釧路で生活保護を受給している要支援世帯は数多くあります。生活保護を受けていると特別な場合を除き、車の所有が認められていないため、どこへ行くにも公共の交通機関を利用しなければなりませんが、釧路は残念ながら交通の利便性がよくありません。求職活動はもちろんのこと、子育て支援の場に出向くにしても、車がないことはかなりのハンディとなります。経済的にも精神的にも外出することのハンディはどうしても孤立化の要因になります。幸いにして保育所などの支援にせっかくつながっても、親が送迎をする力がなければ、子どもに支援が届く機会が失われます。そうした支援にたどりつきにくい要因を持っている家庭に対しては、連れ出す支援が重要です。また、DVにより意欲や行動力が喪失している親子や世帯の複雑な利害関係の問題に陥っている家庭においては、親子あるいは子どもを何らかの名目を持って、連れ出す支援ツールが確立することは支援体制の構築にとって非常に重要なカギを握る存在だと思っています。送迎支援はいろいろな問題があり、そう簡単にはいかない面も多くあるとは思いますが、本気で要支援家庭や子どもたちを守る地域支援体制をつくろうと思うのであれば、不可欠なテーマとなるはずです。

支援の基礎を築くピアカウンセリングの場

いくつか地域支援の具体例を提案しましたが、こうした支援体制を整備する上で欠かせない存在は「ピアカウンセリングの場」であると思っています。前半でも述べましたが、私たちは障がい児の親としてたくさんの仲間同士で悩みやつらさを共有し、また共感しあい、情報交換や励ましあいをしながら、自らの子育てと向き合ってきました。これからは虐待やDVの課題を抱える親もまた、こうした同じ痛みや悩みを感じる者同士の交流の場が整っていくことが重要と思っています。ただし、障がい児の親とは違い、虐待をしてしまった親やしてしまいそうな親、DVに悩む者が名乗り出て積極的に仲間を募ることは極めて困難です。また自然に出会うチャンスもそう簡単にはありません。さらには、うまく出会う場を作ったり、交流機会があったとしても、当事者同士の力だけで活動をすることもそう簡単なことではありません。

しかし、そうした多くの困難があるとしても、当事者が自分たちの生活や生き方を見つめ、子育てと向き合い、自らの道を探るための力を蓄えたり、自信を回復したりするためにも当事者同士のピアカウンセリングの仕組みができることが重要です。この仕組みは実は、当事者のエンパワーメントの意味だけではなく、支援者側の理論がしっかりと当事者の事情や思いや必要性にマッチしているのかを問い続ける意味でも重要な役割を果たします。これまで、社会において課題が深刻であるほど、公的な保護や支援が先行、主導してしまい、当事者の思いや内面に寄り添い、背景や生き方に迫る支援の在り方はタブー視される傾向があります。これからは、当事者を支援の輪の中心に据え、役割を持つことなくして解決はないと思っていますし、支援体制構築の早道であると思います。そうした意味からも、当事者同士の相互作用をひきだすピアカウンセリングの機会創出は急務の課題と言えるでしょう。

第一歩はマネジメント機関の強化

 これまで強調してきた、当事者を中心に据えて多様な社会資源を活用して地域生活を送るための支援の在り方を福祉分野では「ケアマネジメント」と呼びます。ケアマネジメントの発想の基礎には対象となる人の人権を最大限尊重し、その方の持っている力を最大限引き出せるような支援の在り方を探ることがあります。言い方を変えると、対象となる人を「できることが少ないだめな人」「助けがないと生活できない人」などだめな人として扱っていても、根本的な解決はないということを意味します。いくら支援体制が整っても、支援者がその人に成り代わって生活することはできませんし、子育てするわけにもいきません。あくまでも地域で日々生活し、子育てをしていくのはその人自身でしかありえないのです。そうであるのなら、その人が少しでも自分の生き方や子育てを見つめて、向き合って、日々どうしたらよいかを考え、実行できるような仕組みを地域に作り出すことこそが支援の唯一の手段ではないでしょうか?虐待の問題にしても、DVの問題にしても今は、浮上する課題の対応に追われているのが現状ですが、仕組みの確立に向けて公的な動きが本格的に進められること願っています。その第一歩として現状を把握し、当事者のエンパワーメントも視野に入れて、ケアマネジメントの手法を活用して地域をマネジメントする機関が強化されることが求められます。これまで、児童相談所や児童家庭課などが中心となってマネジメントを行ってきた経過がありますが、当事者のエンパワーメントまでは公的機関だけでは限界があります。新たな発想を取り入れ、地域資源を有効に活用しながら、地域の実情に応じた柔軟なマネジメント体制の存在が大切です。マネジメントがしっかりしていれば、前半で述べた具体的な支援についてはどんなものがどうやって展開されるべきか、実際に見えてくるはずです。地域に本当に必要な支援体制も必然的に自然にできる基本が出来上がるのです。

考慮すべき周辺課題~発達障がいと貧困

最近の子どもの虐待を考えるときに、大きく影響を与える社会問題として注目されていることに「発達障がい」と「貧困」が挙げられます。この2点は私たちが実際の支援活動の中でも実感しますし、全国的な研究や関係者の中でもテーマとなっています。

発達障がいは「見えない障がい」とも呼ばれ、一般の人たちとは異なった認知をしたり、独特なコミュニケーションや行動様式、偏った発達などその特徴から育てにくさや生きにくさが生じ、虐待のリスク要素となっています。また子どもの発達障がいだけではなく、親自身が発達障がいを持ちながら適切な支援を受けないまま、大人になって子どもを持ち、子育てに行き詰っているケースも多くあります。こうした親子は発達障がいの理解をしたうえで支援を実施しなければ、かえって追い詰めたり、いつまでも問題が解決しなかったりすることになります。また、DVの当事者にも発達障がいを持つ人がいることも想定され、その場合にはその人の特性を理解した支援が必要になります。発達障がい者への支援については一昨年4月に「発達障害者支援法」が施行されるなど、国として体制づくりを推進しています。それだけ、これまでは社会全体が理解や配慮をしないまま、当事者が苦しんできた経過があります。虐待への支援、子育て支援の中でも背景として配慮されるべきテーマです。

「貧困」もまた虐待問題を考えるときに大きな背景として注目されています。経済的な困窮が人を追い詰め虐待のリスクを高めたり、支援につながっても経済的な問題が次の課題を生み出したり、要支援の家庭の問題を複雑化、深刻化させます。直接的に手助けをする支援だけではなく就労支援や社会保障の仕組みが整わなければ、現在の対処療法的な消耗が続くことになるでしょう。

おわりに~多角的地域福祉による自立支援の確立を目指して

私たちの少ない経験の中から多くのことを偉そうに述べてしまいましたが、個人的には釧路は支援体制が整うための素地は十分にあると感じています。公的資源も民間活動も一生懸命で、既存資源もたくさんあります。ただ、それがこれまではなかなか地域支援として機能的につながっていなかったと思います。連携・協働は地域ではすでに言い古された表現ではありますが、今後はまさに連携や協働の真価が試されると思います。その過程では地域の課題を虐待、子育てといった一つのテーマでとらえるのではなく大きい枠組みでとらえ、総合的に支援する体制を地域独自に生み出せるかが大きなテーマとなります。さらに、その連携や協働には当事者の力、意志、役割が重要であることを忘れてはなりません。なぜならば、目指すべきは支援が確立されることではなく、子育てや生き方に苦しむ親たちが少しでも自立できることであり、また育まれる環境が整わない子どもたちが成長発達を保障されて幸せに育まれることなのですから。

(日置真世)