ネットワークサロンが初めて着手した事業といえば地域生活何でもヘルパーを派遣する「ゆうゆうクラブ」です。2000年6月にスタートしました。長女の同期生自閉症のG君とそのお母さんが「産みの親」となり、この事業ができました。

 当時、小学校低学年だったG君の日課が学校から帰ってきてからのお散歩でした。毎日お母さんが付き添っていましたが、学生さんのアルバイトでも頼めないものかと考えました。ちょうど時を同じくして、旭川のぴっころ、札幌のい~な・い~ずなど道内で付き添いのサービスを提供する事業所が誕生していました。そんな刺激もあり、G君のお母さんは個人的にアルバイト学生を探すのではなく、ちょうど立ち上がったばかりのネットワークサロンの事業として取り組まないかと提案してくれたのです。

当時はヘルパー制度なんて便利なものはまだ存在せず、付き添いのサービスはあくまでも私的契約(家庭教師や家政婦さんなどと同じ)です。おまけにネットワークサロンができたといっても有給の職員はいませんでした。そんな中で、どうやって自主事業の付き添いサービスを進めたらよいか、ずいぶんと話し合われました。市役所で働いていた理事が事業には「要綱」というものがあるらしいことを教えてくれて、要綱の原案を作ってくれました。担い手は地元の学生さんを登録制で活躍してもらうことにしました。G君のお母さんと一緒に、慣れない学生さんと障がい児の親子をどうやってマッチングし、お見合いをして、実際の支援につなげるのかを相談して手続きの方法を考えました。学生さんたちをゲットするために、マザーグースの会やゴキゲン子育てでお世話になっていたイラストレーターのKさんにかわいいチラシを作ってもらいました。すべてが手探りで、何度も話し合いながら事業を進めました。

一番心配だったのが、学生さんがそんな怪しい登録システムに興味を持ってくれるかどうかでした。せっかく準備しても登録して協力してくれる学生さんがいないと話になりません。教育大学、公立大学、専門学校、短大にチラシを貼り、説明会も開いたところ、何とびっくり100名以上からのリアクションがあり、借り登録を経て本登録は60名くらい、実際に活躍してくれたのも40名以上はいました。学生さんたちのパワーとやる気を感じて本当に嬉しくなったものです。

ゆうゆうクラブは地域生活支援サービスがほとんどない中で本当にいろんなことを私たちに教えてくれました。慣れない学生さん相手でも、我が子を少しでも預けたい親の事情、預かってもらって子どもと学生さんの楽しそうな様子を見て本当に満足そうなお母さんの様子、1時間700円の負担はたまに数時間使うのには便利でも、働くお母さんが毎日は使えないこと、便利なサービスは時間や理由や場所など提供側から制限してはいけないことなどなど。このとき教わったことは今のサービスメニューや運営方針に大きく影響を与えています。

また、思わぬ副産物もありました。登録学生さんの中にはそのまま卒業後にネットワークサロンの職員になってくれた方たちもいたことです。2001年ぽれっとスタートの時から即戦力になった人(その後、養護学校の先生に転職)、ぽれっこスタッフ第一号のスタッフ、ぽれっこからオアシススタッフを勤めたスタッフはいずれもゆうゆうクラブスタート時から中心的に活動してくださった元学生さんでした。また、現役で教員採用試験に受かり、「おめでとう!赴任地でもお元気で!」と送り出した学生さんが釧路養護学校への赴任が決まり、お母さんたちと学校で笑顔の再会をしたというエピソードもあります。

たくさんの素敵な出会いと、事業の進め方・地域のニーズを教えてもらったとっても大事な事業がゆうゆうクラブです。(詳しくは「サービスづくりは地域づくり」として2001年に発表した原稿がアップされていますのでご参照ください)